Category : 日常の変化

目の老化が始まる

残念なことですが、年齢と共に視力は低下していきます。 そろそろ体力や記憶力の低下も気になりだした40歳代に追い打ちをかけるのが視力の低下です。 それはある時に急に気付きます。 それまでに視力は少しづつ低下しててのか、ある時急に低下したのか分かりませんが、気付くのは段々ではなくある時に急に気付くのです。 やはり段々低下しているというのが正しいのでしょう。そうするとある一線を超えた時に気付くのでしょうか。

例えば毎日の会社帰り。 毎日残業でその日により同じ時間に帰る訳ではありません。駅に着くとホームにある電光掲示板で次の電車の時間を確認しますが、これがある時見難い事に気付くのです。 最初は疲れているからだと思って余り気にしないのですが、それが特に疲れても無く早く帰れた時でもやっぱり電光掲示板の電車の時間表示が見難いのです。

そこで漸く気付きます。もしかしたら視力が落ちたのかも知れないと。 それまで目のいい人は視力なんて気にもしませんし、もともと意識したこともありません。 なのでそれに気付いた時のショックは大きく、暫くそのことから頭が離れなくなります。

老眼になるメカニズム

老眼という言い方はょっとどうかと思いますが、昔は人生50年であり40歳を過ぎると老人だったのかも知れませんのでその影響なのかも知れません。 老眼とは近くのものが見難くなる症状です。歳をとることによる最初の視力の低下はたいてい老眼から始まります。 目のピント役である水晶体は年齢と共にかたくなり、それまで出来たピント調整(水晶体の厚さ調整)を出来る範囲が小さくなります。これが老眼の始まりです。

水晶体はある厚さが標準でありそれは手元から遠くまで広い範囲をカバーする厚さですが、目の前の近いものを見る場合にはその水晶体を厚くすることで網膜にピントを合わせます。 水晶体がかたくなると、その厚さまで変えることが出来なくなるのです。 そうなると近くのものにピントが合い難くなりますのから、新聞や雑誌、会社では書類や日付印が見難くなります。

新聞や雑誌の文字サイズは昔に比べる大きくなっていますし、書類はその性格上まだ見やすい必要もあるのでまだ大きな影響はありません。 ただ日付印はダメです。毎日日付変更のダイヤルを回しますが、日付印の文字がもともと小さく、今見えている日付が何日なのか分からずに試し印して漸く分かる位です。 そうなるともうメガネに頼るしかなくなります。 近所のメガネ屋さんで老眼のメガネを作る決心をするか、それともこのままもう少し様子をみて我慢するかの選択を迫られるのです。

40歳を過ぎたらとりあえず医者にいく

歯が痛くなった時、そのまま様子を見るという選択肢はありません。歯の痛みは自然に治らないことを子供の頃からの経験で知っているからです。 歯が痛くなったら即歯医者さんに行って、出来るだけ早く治すことを考えるだけです。ある意味楽です。

ところが初めて老眼、視力の低下に気付いた時の判断は迷います。これまで視力の良かった人にはこれまでに無い経験だからです。 視力の低下は自然に治るものなのか。そんなことは無さそうだと思いながらも、通販で目にいいというブルーベリーを買って食べてみたり、なるべく目をマッサージしたりとちょっと努力してみたりするのです。 でも、効果はあるような無いような、つまりハッキリした改善効果はまあ見られないでしょう。

逆に、老眼を放っておくと、それは物が見難い状態が続くことによる眼精疲労で、目や頭が重い、頭痛や肩こり、その結果による食欲の低下など悪い影響が出てきます。 老眼を甘く見ては行けません。その状態が続くと体調に異変を生じてくるかも知れません。 視力の低下に気付かなければまだ良かったのかも知れませんが、気付いてしまった以上、積極的な対策を取るしかなさそうです。 メガネを掛けると見た目が大きく変わりますので、それにも抵抗があるかも知れません。 でも、40歳を過ぎると眼科医に限らず、医者には躊躇せずに行くべきでしょう。視力の低下はその試金石となるのです。

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